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第36章 (第1/3页)
何もかも真っ白でいいもんですよ」と彼は言った。
「直子は雪が降るまでにここ出ちゃうかもしれませんよ」とレイコさんは男に言った。
「いや、でも冬はいいよ」と彼は真剣な顔つきでくりかえした。その男が本当に医者なのかどうか僕はますますわからなくなってしましった。
「みんなどんな話をしているんですか?」と僕はレイコさんに訊ねてみた。彼女には質問の趣旨がよくかわらない様子だった。
「どんな話って、普通の話よ。一日の出来事、読んだ本、明日の天気、そんないろいろなことよ。まさかあなた誰かがすっと立ち上がって『今日は北極熊がお星様を食べたから明日は雨だ!』なんて叫ぶと思ってたわけじゃないでしょう?」
「いやもちろんそういうことを言ってるじゃなくて」と僕は言った。「みんなごく静かに話しているから、いったいどんなことを話しているかなあとふと思っただけです」
「ここは静かだから、みんな自然に静かな声で話すようなるのよ」直子は魚の骨を皿の隅にきれいに選びわけであつめ、ハンカチで口もとを拭った。「それに声を大きくする必要がないのよ。相手を説得する必要もないし、誰かの注目をひく必要もないし」
「そうだろうね」と僕は言った。でもそんな中で静かに食事をしていると不思議に人々のざわめきが恋しくなった。人々の笑い声や無意味な叫び声や大仰な表現がなつかしくなった。僕はそんなざわめきにそれまでけっこううんざりさせられてきたものだが、それでもこの奇妙な静けさの中で魚を食べていると、どうも気持ちが落ちつかなかった。その食堂の雰囲気は特殊な機械工具の見本市会場に似ていた。限定された分野に強い興味を持った人々が限定された場所に集って、互い同士でしかわからない情報を交換しているのだ。
食事が終って部屋に戻ると直子とレイコさんは「C地区」の中にある共同浴場に行ってくると言った。そしてもしシャワーだけでいいならバスルームのを使っていいと言った。そうすると僕は答えた。彼女達が行ってしまうと僕は服を脱いでシャワーを浴び、髪を洗った。そしてドライヤーで髪を乾かしながら、本棚に並んでいたビル?エヴァンスのレコードを取り出してかけたが、しばらくしてから、それが直子の誕生日に彼女の部屋で僕が何度かかけたのと同じレコードであることに気づいた。直子が泣いて、僕が彼女を抱いたその夜にだ。たった半年前のことなのに、それはもうずいぶん昔の出来事であるように思えた。たぶんそのことについて何度も何度も考えたせいだろう。あまりに何度も考えたせいで、時間の感覚が引き伸ばされて狂ってしまったのだ。
月
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