第75章 (第3/3页)
そしてウィスキー?コークを二杯飲んで、額に汗をかくまでフロアで踊った。
「すごく楽しい」と緑はテーブル席でひと息ついて言った。「こんなに踊ったの久しぶりだもの。体を動かすとなんだか精神が解放されるみたい」
「君のはいつも解放されてるみたいに見えるけどね」
「あら、そんなことないのよ」と彼女はにっこりと首をかしげて言った。「それはそうと元気になったらおなかが減っちゃったわ。ピツァでも食べに行かない?」
僕がよく行くピツァ?ハウスに彼女をつれていって生ビールとアンチョビのピツァを注文した。僕はそれほど腹が減っていなかったので十二ピースのうち四つだけを食べ、残りを緑が全部食べた。
「ずいぶん回復が早いね。さっきまで青くなってふらふらしてたのに」と僕はあきれて言った。
「わがままが聞き届けられたからよ」と緑は言った。「それでつっかえがとれちゃったの。でもこのピツァおいしいわね」
「ねえ、本当に君の家、今誰もいないの?」
「うん、いないわよ。お姉さんも友だちの家に泊りに行ってていないわよ。彼女ものすごい怖がりだから、私がいないとき独りで家で寝たりできないの」
「ラブ?ホテルなんて行くのはやめよう」と僕は言った。「あんなところ行ったって空しくなるだけだよ。そんなのやめて君の家に行こう。僕のぶんの布団くらいあるだろう?」
緑は少し考えていたが、やがて肯いた。「いいわよ。家に泊ろう」と彼女は言った。
僕らは山手線に乗って大塚まで行って、小林書店のシャッターを上げた。シャッターには「休業中」の紙が貼ってあった。シャッターは長いあいだ開けられたことがなかったらしく、暗い店内には古びた紙の匂いが漂っていた。棚の半分は空っぽで、雑誌は殆んど全部返品用に紐でくくられていた。最初に見たときより店内はもっとがらんとして寒々しかった。まるで海岸打ち捨てられた廃船のように見えた。
「もう店をやるつもりはないの?」と僕は訊いてみた。
「売ることにしたのよ」と緑はぽつんと言った。「お店売って、私とお姉さんとでそのお金をわけるの。そしてこれからは誰に保護されることもなく身ひとつで生きていくの。お姉さんは来年結婚して、私はあと三年ちょっと大学に通うの。まあそれくらいのお金にはなるでしょう。アルバイトもするし。店が売れたらどこかにアパートを借りてお姉さんと二人でしばらく暮すわ」
「店は売れそうなの?」
「たぶんね。