第80章 (第2/3页)
ことには触れなかった。彼女を急かすのが嫌だったからだ。僕はペンキ屋の仕事のことを書き、「かもめ」のことを書き、庭に桃の花のことを書き、親切な豆腐屋のおばさんと意地のわるい惣菜屋のおばさんのことを書き、僕が毎日どんな食事を作っているかについて書いた。それでも返事はこなかった。
本を読んだり、レコードを聴いたりするのに飽きると、僕は少しずつ庭の手入れをした。家主のところで庭ぽうきと熊手とちりとりと植木ばさみを借り、雑草を抜き、ぼうぼうにのびた植込みを適当に刈り揃えた。少し手を入れだだけで庭はけっこうきれいになった。そんなことをしていると家主が僕を呼んで、お茶でも飲みませんか、と言った。僕は母屋の縁側に座って彼と二人でお茶を飲み、煎餅を食べ、世間話をした。彼は退職してからしばらく保険会社の役員をしていたのだが、二年前にそれもやめてのんびりと暮らしているのだと言った。家も土地も昔からのももだし、子供もみんな独立してしまったし、何をせずとものんびりと老後を送れるのだと言った。だからしょっちょう夫婦二人で旅行をするのだ、と。
「いいですね」と僕は言った。
「よかないよ」と彼は言った。「旅行なんてちっとも面白くないね。仕事してる方がずっと良い」
庭をいじらないで放ったらかしておいたのはこのへんの植木屋にろくなのがいないからで、本当は自分が少しずつやればいいのだが最近鼻のアレルギーが強くなって草をいじることができないのだということだった。そうですか、と僕は言った。お茶を飲み終ると彼は僕に納屋を見せて、お礼というほどのこともできないが、この中にあるのは全部不用品みたいなものだから使いたいものがあったらなんでも使いなさいと言ってくれた。納屋の中には実にいろんなものがつまっていた。風呂桶から子供用プールから野球のバッドまであった。僕は古い自転車とそれほど大きくない食卓と椅子を二脚と鏡とギターをみつけて、もしよかったらこれだけお借りしたいと言った。好きなだけ使っていいよと彼は言った。
僕は一日がかりで自転車の錆をおとし、油をさし、タイヤに空気を入れ、ギヤを調整し、自転車屋でクラッチ?ワイヤを新しいものにとりかえてもらった。それで自転車は見ちがえるくらい綺麗になった。食卓はすっかりほこりを落としてからニスを塗りなおした。ギターの弦も全部新しいものに替え、板のはがれそうになっていたところは接着剤でとめた。錆もワイヤ?ブラシできれいに落とし、ねじも調節した。たいしたギターではなかったけれど、一応正確な音は出るようになった。考えて見ればギターを手にしたのなんて高校以来だった。僕は縁側に座って、昔練習したドリフターズの『アップ?オン?ザ
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