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第89章

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僕は一度緑に電話をかけてみた。彼女の声がたまらく聞きたかったからだ。

    「あなたね、学校はもうとっくの昔に始まってんのよ」と緑は言った。「レポート提出するやつだってけっこうあるのよ。どうするのよ。いったい?あなたこれでも三週間の音信不通だったのよ。どこにいて何をしてるのよ?」

    「わるいけど、今は東京に戻れないんだ。まだ」

    「言うことはそれだけなの?」

    「だから今は何も言えないんだよ、うまく。十月になったら――」

    緑は何も言わずにがっちゃんと電話を切った。

    僕はそのまま旅行をつづけた。ときどき安宿に泊まって風呂に入り髭を剃った。鏡を見ると本当にひどい顔をしていた。日焼けのせいで肌はかさかさになり、目がくぼんで、こけた頬にはわけのわからないしみや傷がついていた。ついさっき暗い穴の底から這いあがってきた人間のとうに見えたが、それはよく見るとたしかに僕の顔だった。

    僕がその頃歩いていたの山陰の海岸だった。鳥取か兵庫の北海岸かそのあたりだった。海岸に沿って歩くのは楽だった。砂浜のどこかには必ず気持よく眠れる場所があったからだ。流木をあつめてきた火をし、魚屋で買ってきた干魚をあぶって食べたりすることもできた。そしてウィスキーを飲み、波の音に耳を澄ませながら直子のことを思った。彼女が死んでしまってもうこの世界に存在しないというのはとても奇妙なことだった。僕にはその事実がまだどうしても呑みこめなかった。僕にはそんなことはとても信じられなかった。彼女の棺のふたに釘を打つあの音まで聞いたのに、彼女が無に帰してしまったという事実に僕はどうしても順応することができずにいた。

    僕はあまりにも鮮明に彼女を記憶しすぎていた。彼女が僕のベニスをそっと口で包み、その髪が僕の下腹に落ちかかっていたあの光景を僕はまだ覚えていた。そのあたたかみや息づかいや、やるせない射精の感触を僕は覚えていた。僕はそれをまるで五分前のできごとのようにはっきり思い出すことができた。そしてとなりに直子がいて、手をのばせばその体に触れることができるように気がした。でも彼女はそこにいなかった。彼女の肉体はもうこの世界のどこにも存在しないのだ。

    僕はどうしても眠れない夜に直子のいろんな姿を思いだした。思い出さないわけにはいかなかったのだ。僕の中には直子の思い出があまりにも数多くつまっていたし、それらの思い出はほんの少しの隙間をもこじあけて次から次へ外にとびだそうとしていたからだ。僕にはそれらの奔出を押しとどめることはとてもできなかった。

    僕は彼女があの雨の

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