第26章 (第3/3页)
すことはなかった。ほかの生徒でもおなじ事だった。いつも、それは、校長先生と、生徒との間で解決した。初めて学校に来た日に、トットちゃんの話を、四時間も聞いてくれたように、校長先生は、事件を起こした、どの生徒の話も、聞いてくれた。その上、いいわけだって、聞いてくれた。そして、本当に、「その子のした事が悪い」とき、そして、「その子が自分で悪い」と納得したとき、「あやまりなさい」といった。でも、おそらく、トットちゃんに関しては、苦情や心配の声が、生徒の父兄や、ほかの先生たちから、校長先生の耳に届いているに違いなかった。だから校長先生は、トットちゃんに、機会あるごとに、「君は、本当に、いい子なんだよ」といった。その言葉を、もし、よく気をつけて大人が聞けば、この「本当」に、とても大きな意味があるのに、気がついたはずだった。「いい子じゃないと、君は、人に思われているところが、いろいろあるけど、君の本当の性格は悪くなくて、いいところがあって、校長先生には、それが、よくわかっているんだよ」校長の小林先生は、こう、トットちゃんに伝えたかったに違いなかった。残念だけど、トットちゃんが、この本当の意味がわかったのは、何十年も、経ってからのことだった。でも、本当の意味は、わからなくても、トットちゃんの心の中に、「私は、いい子なんだ」という自信をつけてくれたんは、事実だった。だって、いつも、何かをやるとき、この先生の言葉を思い出していたんだから。ただ、やったあとで、「あれ?」と思うことは、ときどき、あったんだけど。そして、トットちゃんの一生を決定したのかも知れないくらい、大切な、この言葉を、トットちゃんが、トモエにいる間じゅう、小林先生は、言い続けてくれたのだった。「トットちゃんは、君は、本当は、いい子なんだよ」って。
今日、トットちゃんは、悲しかった。もう、トットちゃんは、三年生になっていて、同級生の泰ちゃんを、とても好きだと思っていた。頭がよくて、物理が出来た。英語を勉強していて、最初に「キツネ」という英語を教えてくれたのも、泰ちゃんだった。「トットちゃん、キツネは、フォックスだよ」(フォックスかあ……)その日、トットちゃんは、一日“フォックス”という響きに、ひたったくらいだった。だから、毎朝、電車の教室に行くと、最初にする事は、泰ちゃんの筆箱の中の鉛筆を、全部ナイフで、きれいに、けずってあげる事だった。自分の鉛筆ときたら、歯でむしりとって、使っているというのに。ところが、今日、その泰ちゃんが、トットちゃんを呼び止めた。そのとき、トットちゃんは、昼休みなので、プラプラと講堂の裏の、れのトイレの汲み取り口のあたりを散歩してたんだけど、「トットちゃん!」という泰ちゃんの声が、怒ってるみたいなので、びっくりして立ち止った。