第16章 (第3/3页)
よくわかっていたけれど、そうでもしないことには気分がわるくて仕方がなかったのだ。しかしそのおかげでクラスの中での僕の立場はもっと孤立したものになった。名前を呼ばれても僕が黙っていると、教室の中には居心地のわるい空気が流れた。誰も僕に話しかけなかったし、僕も誰にも話しかけなかった。
九月の第二週に、僕は大学教育というのはまったく無意味だという結論に到達した。そして僕はそれを退屈さに耐える訓練期間として捉えることに決めた。今ここで大学をやめたところで社会に出てなんかとくにやりたいことがあるわけではないのだ。僕は毎日大学に行って講義に出てノートを取り、あいた時間には図書館で本を読んだり調べものをしたりした。
※
九月の第二週になっても突撃隊はもどってこなかった。これは珍しいというより驚天動地の出来事だった。彼の大学はもう授業が始まっていたし、突撃隊が授業をすっぽかすなんてことはありえなかったからだ。彼らの机やラジオの上にはうっすらとほこりがつもっていた。棚の上にはブラスチックのコップと歯ブラシ、お茶の缶、殺虫スプレー、そんなものがきちんと整頓されて並んでいた。
突撃隊がいないあいだは僕が部屋の掃除をした。この一年半のあいだに、部屋を清潔にすることは僕の習性の一部となっていたし、突撃隊がいなければ僕がその清潔さを維持するしかなかった。僕は毎日床を掃き、三日に一度窓を拭き、週に一回布団を干した。そして突撃隊が帰ってきて「ワ、ワタナベ君、どうしたの?すごくきれいじゃないか」と言って賞めてくれるのを待った。
しかし彼は戻っては来なかった。ある日僕は学校から戻ってみると、彼の荷物は全部なくなっていた。部屋のドアの名札も外されて、僕のものだけになっていた。僕は寮長室に言って彼がいったいどうなったのか訊いてみた。
「退寮した」と寮長は言った。「しばらくあの部屋はお前ひとりで暮せ」
僕はいったいどういう事情なのかと質問してみたが、寮長は何も教えてくれなかった。他人には何も教えずに自分ひとりで物事を管理することに無上の喜びを感じるタイプの俗物なのだ。
部屋の壁には氷山の写真がまだしばらく貼ってあったが、やがて僕はそれははがして、かわりにジム?モリソンとマイルス?デイヴィスの写真を貼った。それで部屋は少し僕らしくなった。僕はアルバイトで貯めた金を使って小さなステレオ?プレーヤーを買った。そして夜になると一人で酒を飲みながら音楽を聴いた。ときどき突撃隊のことを思いだしたが、それでもひとり暮らしというのはいいものだった。