第18章 (第3/3页)
番号をまわした。
「もしもし、小林書店です」と男の声が言った。小林書店?
「申しわけありませんが、緑さんはいらっしゃいますか?」と僕は訊いた。
「いや、緑は今いませんねえ」と相手は言った。
「大学に行かれたんでしょうか?」
「うん、えーと、病院の方じゃないかなあ。おたくの名前は?」
僕は名前は言わず、礼だけ言って電話を切った。病院?彼女は怪我をするあるいは病気にかかるかして病院に行ったのだろうか?しかし男の声からそういう種類の非日常的な緊迫感はまったく感じとれなかった。<うん、えーと、病院の方じゃないかなあ>、それはまるで病院が生活の一部であるといわんばかりの口ぶりであった。魚屋に魚を買いに行ったよとか、その程度の軽い言い方だった。僕はそれについて少し考えをめぐらせてみたが、面倒くさくなったので考えるのをやめて寮に戻り、ベッドに寝転んで永沢さんに借りていたジョセフ?コンラッドの「ロード?ジム」の残りを読んでしまった。そして彼のところにそれを返しに行った。
永沢さんは食事に行くところだったので、僕も一緒に食堂に行って夕食を食べた。
外務省の試験はどうだったんですか?と僕は訊いてみた。外務省の上級試験の第二次が八月にあったのだ。
「普通だよ」と永沢さんは何でもなさそうに答えた。「あんなの普通にやってりゃ通るんだよ。集団討論だとか面接だとかね。女の子口説くのと変わりゃしない」
「じゃあまあ簡単だったわけですね」と僕は言った。「発表はいつなんですか?」
「十月のはじめ。もし受かってたら、美味いもの食わしてやるよ」
「ねえ、外務省の上級試験の二次ってどんなですか?永沢さんみたいな人ばかりが受けにくるんですか?」
「まさか。大体はアホだよ。アホじゃなきゃ変質者だ。官僚になろうなんて人間の九五パーセントまでは屑だもんなあ。これは嘘じゃないぜ。あいつら字だてろくに読めないんだ」
「じゃあどうして永沢さんは外務省に入るんですか?」
「いろいろと理由はあるさ」と永沢さんは言った。「外地勤務が好きだとか、いろいろな。でもいちばんの理由は自分の能力を試してみたいってことだよな。どうせためすんなら一番でかい入れもののなかでためしてみたいのさ。つまりは国家だよ。このばかでかい官僚機構の中でどこまで自分が上にのぼれるか、どこまで自分が力を持てるかそういうのをためしてみたいんだよ。