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第31章

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    第31章 (第3/3页)

木はよく手入れされていた。この場所はもともと誰かの別荘地であるらしかった。そこを右に折れて林を抜ける目の前に鉄筋の三階建ての建物が見えた。三階建てとは言っても地面から掘りおこされたようにくぼんでいるところに建っているので、とくに威圧的な感じは受けない。建物のデザインはシンプルで、いかにも清潔そうに見えた。

    玄関は二階にあった。階段を何段か上り大きなガラス戸を開けて中に入ると、受付に赤いワンピースを着た若い女性が座っていた。僕は自分の名前を告げ、石田先生に会うように言われたのだと言った。彼女はにっこり笑ってロビーにある茶色のソファーを指差し、そこに座って待ってて下さいと小さな声で言った。そして電話のダイヤルをまわした。僕は肩からネップザックを下ろしてそのふかふかとしたソファーに座り、まわりを眺めた。清潔で感じの良いロビーだった。観葉植物の鉢がいくつかあり、壁には趣味の良い抽象画がかかり、床はぴかぴかに磨きあげられていた。僕は待っているあいだずっとその床にうつった自分の靴を眺めていた。

    途中で一度受付の女性が「もう少しで見えますから」と僕に声をかけた。僕は肯いた。まったくなんて静かなところだろうと僕は思った。あたりには何の物音もない。何だかまるで午睡の時間みたいだなと僕は思った。人も動物も虫も草も木も、何もかもがぐっすり眠り込んでしまったみたいに静かな午後だった。

    しかしほどなくゴム底靴のやわらかな足音が聴こえ、ひどく硬そうな短い髪をした中年の女性が姿をあらわし、さっさと僕のとなりに座って脚を組んだ。そして僕と握手した。握手しながら、僕の手を表向けたり裏向けたりして観察した。

    「あなた楽器って少くともこの何年かいじったことないでしょう?」と彼女はまず最初にいった。

    「ええ」と僕はびっくりして答えた。

    「手を見るとわかるのよ」と彼女は笑って言った。

    とても不思議な感じのする女性だった。顔にはずいぶんたくさんしわがあって、それがまず目につくのだけれど、しかしそのせいで老けて見えるというわけではなく、かえって逆に年齢を超越した若々しさのようなものがしわによって強調されていた。そのしわはまるで生まれたときからそこにあったんだといわんばかりに彼女の顔によく馴染んでいた。彼女が笑うとしわも一緒に笑い、彼女が難しい顔をするとしわも一緒に難しい顔をした。笑いも難しい顔もしない時はしわはどことなく皮肉っぽくそして温かく顔いっぱいにちらばっていた。年齢は三十代後半で、感じの良いというだけではなく、何かしら心魅かれるところのある女性だった。僕は一目で彼女に好感を持った。
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