第46章 (第3/3页)
言った。
「一時ヒッピーが住んでたこともあるんだけど、冬に音を上げて出て行ったわよ」
集落を抜けてしばらく先に進むと垣根にまわりを囲まれた放牧場のようなものがあり、遠くの方に馬が何頭か草を食べているのが見えた。垣根に沿って歩いていくと、大きな犬が尻尾をばたばたと振りながら走ってきて、レイコさんにのしかかるようにして顔の匂いをかぎ、そのれから直子にとびかかってじゃれついた。僕が口笛を吹くとやってきて、長い舌でべろべろと僕の手を舐めた。
「牧場の犬なのよ」と直子が犬の頭を撫でながら言った。「もう二十歳近くになっているじゃないかしら、歯が弱ってるから固いものは殆んど食べれないの。いつもお店の前で寝てて人の足音が聞こえるととんできて甘えるの」
レイコさんがナップザックからチーズの切れはしをとりだすと、犬は匂いを嗅ぎつけてそちらにとんでいき、嬉しそうにチーズにかぶりついた。
「この子と会えるのももう少しなのよ」とレイコさんは犬の頭を叩きながら言った。「十月半ばになると馬と牛をトラックにのせて下の方の牧舎につれていっちゃうのよ。夏場だけここで放牧して、草を食べさせて、観光客相手に小さなコーヒー?ハウスのようなものを開けてるの。観光客ったって、ハイカーが一日二十人くるかこないかってくらいのものだけどね。あなた何か飲みたくない、どう?」
「いいですね」と僕は言った。
犬が先に立って我々をそのコーヒー?ハウスまで案内した。正面にポーチのある白いペンキ塗りの小さな建物で、コーヒー?カップのかたちをした色褪せた看板が軒から下がっていた。犬は先に立ってポーチに上り、ごろんと寝転んで目を細めた。僕らがポーチのテーブルに座ると中からトレーナー?シャツとホワイト?ジーンズという格好の髪をポニー?テールにした女の子が出てきて、レイコさんと直子に親しい気にあいさつした。
「この人直子のお友だち」とレイコさんが僕に紹介した。
「こんにちは」とその女の子は言った。
「こんにちは」と僕も言った。
三人の女性がひとしきり世間話をしているあいだ、僕はテーブルの下の犬の首を撫でていた。犬の首はたしかに年老いて固く筋張っていた。その固いところをぼりぼりと掻いてやると、犬は気持良さそうに目をつぶってはあはあと息をした。
「名前はなんていうの?」と僕は店の女の子に訪ねた。
「ぺぺ」と彼女は言った。
「ぺぺ」と僕は呼んでみたが、犬はびくりとも反応しなかった。