第47章 (第3/3页)
てきたが、そのうちにあきらめてもとの場所に戻っていた。我々は牧場の柵に沿って平坦な道をのんびりと歩いた。ときどき直子は僕の手を握ったり、腕をくんだりした。
「こんな風にしてるとなんだか昔みたいじゃない?」と直子は言った。
「あれは昔じゃないよ。今年の春だぜ」と僕は笑って言った。「今年の春までそうしてたんだ。あれが昔だったら十年前は古代史になっちゃうよ」
「古代史みたいなものよ」と直子は言った。「でも昨日ごめんなさい。なんだか神経がたかぶっちゃって。せっかくあなたが来てくれたのに、悪かったわ」
「かまわないよ。たぶんいろんな感情をもっともっと外に出し方がいいんだと思うね、君も僕も。だからもし誰かにそういう感情をぶっつけたいんなら、僕にぶっつければいい。そうすればもっとお互いを理解できる」
「私を理解して、それでそうなるの?」
「ねえ、君はわかってない」と僕は言った。「どうなるかといった問題ではないんだよ、これは。世の中には時刻表を調べるのが好きで一日中時刻表読んでいる人がいる。あるいはマッチ棒をつなぎあわせて長さ一メートルの船を作ろうとする人だっている。だから世の中に君のことを理解しようとする人間が一人くらいいたっておかしくないだろう?」
「趣味のようなものかしら?」と直子はおかしそうに言った。
「趣味と言えば言えなくもないね。一般的に頭のまともな人はそういうのを好意とか愛情とかいう名前で呼ぶけれど、君は趣味って呼びたいんならそう呼べばいい」
「ねえ、ワタナベ君」と直子が言った。「あなたキズキ君のことも好きだったんでしょう?」
「もちろん」と僕は答えた。
「レイコさんはどう?」
「あの人も大好きだよ。いい人だね」
「ねえ、どうしてあなたそういう人たちばかり好きになるの?」と直子は言った。「私たちみんなどこかでねじまがって、よじれて、うまく泳げなくて、どんどん沈んでいく人間なのよ。私もキズキ君もレイコさんも。みんなそうよ。どうしてもっとまともな人を好きにならないの?」
「それは僕にはそう思えないからだよ」僕は少し考えてからそう答えた。「君やキズキやレイコさんがねじまがってるとはどうしても思えないんだ。ねじまがっていると僕が感じる連中はみんな元気に外で歩きまわってるよ」
「でも私たちねじまがってるのよ。私にはわかるの」と直子は言った。
我々はしばらく無言で歩いた。