第59章 (第3/3页)
が訊いた。
「あるよ。もちろん全部は読んでないけど。他の大抵の人と同じように」
「理解できた?」
「理解できるところもあったし、できないところもあった。『資本論』を正確に読むにはそうするための思考システムの習得が必要なんだよ。もちろん総体としてのマルクシズムはだいたいは理解できていると思うけれど」
「その手の本をあまり読んだことのない大学の新入生が『資本論』読んですっと理解できると思う?」
「まず無理じゃないかな、そりゃ」と僕は言った。
「あのね、私、大学に入ったときフォークの関係のクラブに入ったの。唄を唄いたかったから。それがひどいインチキな奴らの揃ってるところでね、今思いだしてもゾッとするわよ。そこに入るとね、まずマルクスを読ませられるの。何ベージから何ベージまで読んでこいってね。フォーク?ソングと社会とラディカルにかかわりあわねばならぬものであって……なんて演説があってね。で、まあ仕方ないから私一生懸命マルクス読んだわよ、家に帰って。でも何がなんだか全然わかんないの、仮定法以上に。三ページで放りだしちゃたわ。それで次の週のミーティングで、読んだけど何もわかりませんでした、ハイって言ったの。そしたらそれ以来馬鹿扱いよ。問題意識がないのだの、社会性に欠けるだのね。冗談じゃないわよ。私ただ文章が理解できなかったって言っただけなのに。そんなのひどいと思わない?」
「ふむ」と僕は言った。
「ディスカッションってのがまたひどくってね。みんなわかったような顔してむずかしい言葉使ってるのよ。それで私わかんないからそのたびに質問したの。『その帝国主義的搾取って何のことですか?東インド会社と何か関係あるんですか?』とか、『産学協同体粉砕って大学を出て会社に就職しちゃいけないってことですか?』とかね。でも誰も説明してくれなかったわ。それどころか真剣に怒るの。そういうのって信じられる?」
「信じられる」
「そんなことわからないでどうするんだよ、何考えて生きてるんだお前?これでおしまいよ。そんなのないわよ。そりゃ私そんない頭良くないわよ。庶民よ。でも世の中を支えてるのは庶民だし、搾取されてるのは庶民じゃない。庶民にわからない言葉ふりまわして何が革命よ、何が社会変革よ!私だってね、世の中良くしたいと思うわよ。もし誰かが本当に搾取されているのならそれやめさせなくちゃいけないと思うわよ。だからこの質問するわけじゃない。そうでしょ?」
「そうだね」
「そのとき思ったわ、私。