第60章 (第2/3页)
っているのよ。私は庶民だから。革命が起きようが起きまいが、庶民というのはロクでもないところでぼちぼちと生きていくしかないんだっていうことが。革命が何よ?そんなの役所の名前が変わるだけじゃない。でもあの人たちにはそういうのが何もわかってないのよ。あの下らない言葉ふりまわしてる人たちには。あなた税務署員って見たことある?」
「ないな」
「私、何度も見たわよ。家の中にずかずか入ってきて威張るの。何、この帳簿?おたくいい加減な商売やってるねえ。これ本当に経費なの?領収書見せなさいよ、領収書、なんてね。私たち隅の方にこそっといて、ごはんどきになると特上のお寿司の出前とるの。でもね、うちのお父さんは税金ごまかしたことなんて一度もないのよ。本当よ。あの人そういう人なのよ、昔気質で。それなのに税務署員ってねちねちねちねち文句つけるのよね。収入がちょっと少なすぎるんじゃないの、これって。冗談じゃないわよ。収入が少ないのはもうかってないからでしょうが。そういうの聞いてると私悔しくってね。もっとお金持ちのところ行ってそういうのやんなさいよってどなりつけたくなってくるのよ。ねえ、もし革命が起ったら税務署員の態度って変ると思う?」
「きわめて疑わしいね」
「じゃあ私、革命なんて信じないわ。私は愛情しか信じないわ」
「ピース」と僕は言った。
「ピース」と緑も言った。
「我々は何処に向かっているんだろう、ところで?」と僕は訊いてみた。
「病院よ。お父さんが入院していて、今日いちにち私がつきそってなくちゃいけないの。私の番なの」
「お父さん?」と僕はびっくりして言った。「お父さんはウルグァイに行っちゃったんじゃなかったの?」
「嘘よ、そんなの」と緑はけろりとした顔で言った。「本人は昔からウルグァイに行くだってわめいてるけど、行けるわけないわよ。本当に東京の外にだってロクに出られないんだから」
「具合はどうなの?」
「はっきり言って時間の問題ね」
我々はしばらく無言のまま歩を運んだ。
「お母さんの病気と同じだからよくわかるよ。脳腫瘍。信じられる?二年前にお母さんそれで死んだばかりなのよ。そしたら今度はお父さんが脳種瘍」
大学病院の中は日曜日というせいもあって見舞客と軽い症状の病人でごだごだと混みあっていた。そしてまぎれもない病院の匂いが漂っていた。消毒薬と見舞いの花束と小便と布団の匂いがひとつ
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