第66章 (第3/3页)
いて包帯がわりにしてくれた。そして電話をかけて夜でも開いている救急病院の場所を訊いてくれた。ろくでもない男だったが、そういう処置だけは手ばやかった。病院は幸い近くにあったが、そこに着くまでにタオルは真っ赤に染まって、はみでた血がアスファルトの上にこぼれた。人々はあわてて道をあけてくれた。彼らは喧嘩か何かの傷だと思ったようだった。痛みらしい痛みはなかった。ただ次から次へと血が出てくるだけだった。
医者は無感動に血だらけのタオルを取り、手首をぎゅっとしばって血を止め傷口を消毒してから縫い合わせ、明日また来なさいと言った。レコード店に戻ると、お前もう家帰れよ、出勤にしといてやるから、と店長が言った。僕はバスに乗って寮に戻った。そして永沢さんの部屋に行ってみた。怪我のせいで気が高ぶっていて誰かと話がしたかったし、彼にもずいぶん長く会っていないような気がしたからだ。
彼は部屋にいて、TVのスペイン語講座を見ながら缶ビールを飲んでいた。彼は僕の包帯を見て、お前それどうしたんだよと訊いた。ちょっと怪我したのだがたいしたことはないと僕は言った。ビール飲むかと彼が訊いて、いらないと僕は言った。
「これもうすぐ終るから待ってろよ」と永沢さんは言って、スペイン語の発音の練習をした。僕は自分で湯をわかし、ティーバッグで紅茶を作って飲んだ。スペイン人の女性が例文を読みあげた。「こんなひどい雨ははじめてですわ。バルセロナでは橋がいくつも流されました」。永沢さんは自分でもその例文を読んで発音してから「ひどい例文だよな」と言った。「外国語講座の例文ってこういうのばっかりなんだからまったく」
スペイン語講座が終ると永沢さんはTVを消し、小型の冷蔵庫からもう一本ビールを出して飲んだ。
「邪魔じゃないですか?」と僕は訊いてみた。
「俺?全然邪魔じゃないよ。退屈してたんだ。本当にビールいらない?」
いらないと僕は言った。
「そうそう、このあいだ試験の発表あったよ。受かってたよ」と永沢さんが言った。
「外務省の試験?」
「そう、正式には外務公務員採用一種試験っていうんだけどね、アホみたいだろ?」
「おめでとう」と僕は言って左手をさしだして握手した。
「ありがとう」
「まあ当然でしょうけれどね」
「まあ当然だけどな」と永沢さんは笑った。「しかしまあちゃんと決まるってのはいいことだよ、とにかく」
「外国に行くんですか、入省したら?