第76章 (第3/3页)
をむずむずさせた。
「ねえ、ねえ、ねえ、何か言ってよ」と緑が僕の胸に顔を埋めたまま言った。
「どんなこと?」
「なんだっていいわよ。私が気持よくなるようなこと」
「すごく可愛いよ」
「ミドリ」と彼女は言った。「名前をつけて言って」
「すごく可愛いよ、ミドリ」と僕は言いなおした。
「すごくってどれくらい?」
「山が崩れて海が干上がるくらい可愛い」
緑は顔を上げて僕を見た。「あなたって表現がユニークねえ」
「君にそう言われると心が和むね」と僕は笑って言った。
「もっと素敵なこと言って」
「君が大好きよ、ミドリ」
「どれくらい好き?」
「春の熊くらい好きだよ」
「春の熊?」と緑はまた頭を上げた。「それ何よ、春の熊って?」
「春の野原を君が一人で歩いているとね、向うからビロードみないな毛並みの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」
「すごく素敵」
「それくらい君のことが好きだ」
緑は僕の胸にしっかり抱きついた。「最高」と彼女は言った。「そんなに好きなら私の言うことなんでも聞いてくれるわよね?怒らないわよね?」
「もちろん」
「それで、私のことずっと大事にしてくれるわよね」
「もちろん」と僕は言った。そして彼女の短くてやわらかい小さな男の子のような髪を撫でた。「大丈夫、心配ないよ。何もかもうまくいくさ」
「でも怖いのよ、私」と緑は言った。
僕は彼女の肩をそっと抱いていたが、そのうちに肩が規則的に上下しはじめ、寝息も聞こえてきたので、静かに緑のベッドを抜け出し、台所に行ってビールを一本飲んだ。まったく眠くはなかったので何か本でも読もうと思ったが、見まわしたところ本らしきものは一冊として見あたらなかった。緑の部屋に行って本棚の本を何か借りようかとも思ったがばたばたとして彼女を起こしたくなかったのでやめた。
しばらくぼんやりとビールを飲んでいるうちに、そうだ、ここは書店なのだ、と僕は思った。