第81章 (第2/3页)
僕には見えた。庭はそんな多くの肉の甘く重い腐臭に充ちていた。そして僕は直子の肉体を思った。直子の美しい肉体は闇の中に横たわり、その肌からは無数の植物の芽が吹き出し、その緑色の小さな芽はそこから吹いてくる風に小さく震えて揺れていた。どうしてこんなに美しい体が病まなくてはならないのか、と僕は思った。何故彼らは直子をそっとしておいてくれないのだ?
僕は部屋に入って窓のカーテンを閉めたが、部屋の中にもやはりその春の香りは充ちていた。春の香りはあらゆる地表に充ちているのだ。しかし今、それが僕に連想させるのは腐臭だけだった。僕はカーテンを閉めきった部屋の中で春を激しく憎んだ。僕は春が僕にもたらしたものを憎み、それが僕の体の奥にひきおこす鈍い疼きのようなものを憎んだ。生まれてこのかた、これほどまで強く何かを憎んだのははじめてだった。
それから三日間、僕はまるで海の底を歩いているような奇妙な日々を送った。誰かが僕に話しかけても僕にはうまく聞こえなかったし、僕が誰かに何かを話しかけても、彼はそれを聞きとれなかった。まるで自分の体のまわりにぴったりとした膜が張ってしまったような感じだった。その膜のせいで、僕はうまく外界と接触することができないのだ。しかしそれと同時に彼らもまた僕の肌に手を触れることはできないのだ。僕自身は無力だが、こういう風にしてる限り、彼らもまた僕に対しては無力なのだ。
僕は壁にもたれてぼんやりと天井を眺め、腹が減るとそのへんにあるものをかじり、水を飲み、哀しくなるとウィスキーを飲んで眠った。風呂にも入らず、髭も剃らなかった。そんな風にして三日が過ぎた。
四月六日に緑から手紙が来た。四月十日に課目登録があるから、その日に大学の中庭で待ち合わせて一緒にお昼ごはんを食べないかと彼女は書いていた。返事はうんと遅らせてやったけれど、これでおあいこだから仲直りしましょう。だってあなたに会えないのはやはり淋しいもの、と緑の手紙には書いてあった。僕はその手紙を四回読みかえしてみたが、彼女の言わんとすることはよく理解できなかった。この手紙は何を意味しているのだ、いったい?僕の頭はひどく漠然としていて、ひとつの文章と次の文章のつながりの接点をうまく見つけることができなかった。どうして「課目登録」の日に彼女と会うことが「おあいこ」なのだ?何故彼女は僕と「お昼ごはん」を食べようとしているのだ?なんだか僕の頭までおかしくなるつつあるみたいだな、と僕は思った。意識がひどく弛緩して、暗黒植物の根のようにふやけていた。こんな風にしてちゃいけないな、と僕はぼんやりとした頭で思った。いつまでもこんなことしてちゃいけない、なんとかしなきゃ。そして僕は
(本章未完,请点击下一页继续阅读)