第91章 (第2/3页)
んかをぽつぽつと話しただけだった。直子に関する話は一切出なかった。僕がレイコさんに会うのは十ヶ月ぶりだったが、彼女と二人で歩いていると僕の心は不思議にやわらぎ、慰められた。そして以前にも同じような思いをしたことがあるという気がした。考えてみれば直子と二人で東京の街を歩いていたとき、僕はこれとまったく同じ思いをしたのだ。かつて僕と直子がキズキという死者を共有していたように、今僕とレイコさんは直子という死者を共有しているのだ。そう思うと、僕は急に何もしゃべれなくなってしまった。レイコさんはしばらく一人で話していたが、僕が口をきかないことがわかると彼女も黙って、そのまま二人で無言のままバスに乗って僕の部屋まで行った。
秋のはじめの、ちょうど一年前に直子を京都に訪ねたときと同じようにくっきりと光の澄んだ午後だった。雲は骨のように白く細く、空はつき抜けるように高かった。また秋が来たんだな、と僕は思った。風の匂いや、光の色や、草むらに咲いた小さな花や、ちょっとした音の響き方が、僕にその到来を知らせていた。季節が巡ってくるごとに僕と死者たちの距離はどんどん離れていく。キズキは十七のままだし、直子は二十一のままなのだ。永遠に。
「こういうところに来るとホッとするわね」バスを降り、あたりを見まわしてレイコさんは言った。
「何もないところですからね」と僕は言った。
僕は裏口から庭に入って離れに案内するとレイコさんはいろんなものに感心してくれた。
「すごく良いところじゃない」と彼女は言った。「これみんなあなたが作ったの?こういう棚やら机やら?」
「そうですよ」と僕は湯をわかしてお茶を入れながら言った。
「けっこう器用なのね、ワタナベ君。部屋もずいぶんきれいだし」
「突撃隊のおかげですね。彼が僕を清潔好きにしちゃったから。でもおかげで大家さんは喜んでますよ。きれいに使ってくれるって」
「あ、そうそう。大家さんに挨拶してくるわね」とレイコさんは言った。「大家さんお庭の向うに住んでるでしょ?」
「挨拶?挨拶なんてするんですか?」
「あたり前じゃない。あなたのところに変な中年女が転がりこんでギターを弾いたりしたら大家さんだって何かと思うでしょ?こういうのは先にきちんとしといた方がいいの。そのために菓子折りだってちゃんと持ってきたんだから」
「ずいぶん気がきくんですねえ」と僕は感心して言った。
「年の功よ。あなたの母方の叔
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