第94章 (第3/3页)
すすり、煙草をふかした。「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさとかいうものをよく知っているわね」
この人たちというのはもちろんジョン?レノンとボール?マッカートニー、それにジョージ?ハリソンのことだった。
彼女は一息ついて煙草を消してからまたギターをとって『ペニー?レイン』を弾き、『ブランク?バード』を弾き、『ジュリア』を弾き、『六十四になったら』を弾き、『ノーホエア?マン』を弾き、『アンド?アイ?ラブ?ハー』を弾き、『ヘイ?ジェード』を弾いた。
「これで何曲になった?」
「十四曲」と僕は言った。
「ふう」と彼女はため息をついた。「あなた一曲くらい何か弾けないの?」
「下手ですよ」
「下手でいいのよ」
僕は自分のギターを持ってきて『アップ?オン?ザ?ルーフ』をたどたどしくではあるけれど弾いた。レイコさんはそのあいだ一服してゆっくり煙草を吸い、ワインをすすっていた。僕が弾き終わると彼女はぱちぱちと拍手した。
それからレイコさんはギター用に編曲されたラヴェルの『死せる女王のためのバヴァーヌ』とドビッシーの『月の光』を丁寧に綺麗に弾いた。「この二曲は直子が死んだあとでマスターしたのよ」とレイコさんは言った。「あの子の音楽の好みは最後までセンチメンタリズムという地平をはなれなかったわね」
そして彼女はバカラックを何曲か演奏した。『クロース?トゥ?ユー』『雨に濡れても』『ウォーク?オン?バイ』『ウェディングベル?ブルース』。
「二十曲」と僕は言った。
「私ってまるで人間ジューク?ボックスみたいだわ」とレイコさんは楽しそうに言った。「音大のとき先生がこんなのみたらひっくりかえっちゃうわよねえ」
彼女はワインをすすり、煙草をふかしながら次から次へと知っている曲を弾いていった。ボサ?ノヴァを十曲近く弾き、ロジャース=ハートやガーシュインの曲を弾き、ボブ?ディランやらレイ?チャールズやらキャロル?キングやらビーチボーイスやらティービー?ワンダーやら『上を向いて歩こう』やら『ブルー?ベルベット』やら『グリーン?フールズ』やら、もうとにかくありとあらゆる曲を弾いた。ときどき目を閉じたり軽く首を振ったり、メロディーにあわせてハミングしたりした。
ワインがなくなると、我々はウィスキーを飲んだ。僕は庭のグラスの中のワインを灯籠の上からかけ、そのあとにウィスキーを注いだ。
「今これで何曲かしら?