第10章 (第3/3页)
校長先生は、生徒達に教えたかった。トモエの生徒の中には、泰明ちゃんのように、小児麻痺の子や、背が、とても小さい、というような、ハンディキャップを持った子も、何人かいたから、裸になって、一緒に遊ぶ、ということが、そういう子供達の羞恥心を取り除き、ひいては、劣等意識を持たさないのに役立つのではないか、と、校長先生は、こんなことも考えていたのだった。そして、事実、初めは恥ずかしそうにしていたハンディキャップを持っている子も、そのうち平気になり、楽しいことのほうが先にたって、「恥ずかしい」なんて気持ちは、いつのまにか、なくなっていた。 それでも、生徒の家族の中には、心配して、「必ず着るように!」と言い聞かせて、海水着を持たす家もあった。でも、結局は、トットちゃんみたいに、初めから、(泳ぐのは裸がいい)、と決めた子や、「海水着を忘れた」といって、泳いでいる子を見ると、そのほうがいいみたいで、一緒に裸で泳いでしまって、帰るときに、大騒ぎで、海水着に水をかけたり、ということになるのだった。そんなわけで、トモエの子供達は、全身、真っ黒に陽焼けしちゃうから、海水着を跡が白く残ってる、ってことは、たいがい、なかった。
トットちゃんは、今、ランドセルをカタカタいわせながら、わき見もしないで、駅から家に向かって走っている。ちょっと見たら、重大事件が起こったのか、と思うくらい。学校の門を出てから、ずーっと、トットちゃんは、こうだった。 家に着いて、玄関の戸を開けると、トットちゃんは、 「ただいま」 といってから、ロッキーを探した。ロッキーは、ベランダに、お腹をぺったりとつけて、涼んでいた。トットちゃんは、黙って、ロッキーの顔の前に座ると、背中からランドセルを卸し、中から、通信簿を取り出した。それは、トットちゃんが、始めてもらった、通信簿だった。トットちゃんは、ロッキーの目の前に、よく見えるように、成績のところを開けると、 「見て?」 と、少し自慢そうにいった。そこには、甲とか乙とか、いろんな字が書いてあった。最もトットちゃんにも、甲より乙のほうがいいのか、それとも、甲のほうがいいのか、そういうことは、まだ、わからなかったのだから、ロッキーにとっては、もっと難しいことに違いなかった。でも、トットちゃんは、この、初めての通信簿を、誰よりも先にロッキーに見せなきゃ、と思ってたし、ロッキーも、きっと、喜ぶ、と思っていた。 ロッキーは、目の前の紙を見ると、においをかいで、それから、トットちゃんの顔を、じーっと見た。トットちゃんは、いった。 「いいと思うでしょ?ちょっと漢字が多いから、あんたには、難しいとこも、あると思うけど」 ロッキーは、もう一度、紙を、よく眺める風に頭を動かして、それから、トットちゃんの手を、なめた。