第21章 (第2/3页)
と高い店に入ってお金が足りなくなるんじゃないかってびくびくしてね。そんな人生って暗いわよ。あなたのお家はお金持なの?」
「うち?うちはごく普通の勤め人だよ。とくに金持でもないし、とくに貧乏でもない。子供を東京の私立大学にやるのはけっこう大変だと思うけど、まあ子供は僕一人だから問題はない。仕送りはそんなに多くないし、だからアルバイトしてる。ごくあたり前の家だよ。小さな庭があって、トヨタ?カローラがあって」
「どんなアルバイトしてるの?」
「週に三回新宿のレコード屋で夜働いている。楽な仕事だよ。じっと座って店番してりゃいいんだ」
「ふうん」と緑は言った。「私ね、ワタナベ君ってお金に苦労したことなんかない人だって思ってたのよ。なんとなく、見かけで」
「苦労したことはないよ、べつに。それほど沢山お金があるわけじゃないっていうだけのことだし、世の中の大抵の人はそうだよ」
「私通って学校では大抵の人は金持だったのよ」と彼女は膝の上に両方の手のひらを上にに向けて言った。「それが問題だったのよ」
「じゃあこれからはそうじゃない世界をいやっていうくらいみることになるよ」
「ねえ、お金持であることの最大の利点ってなんだと思う?」
「わからないな」
「お金がないって言えることなのよ。例えば私がクラスの友だちに何かしましょう寄って言うでしょう、すると相手はこう言うの、『私いまお金がないから駄目』って。逆の立場になったら私とてもそんなこと言えないわ。私がもし『いまお金ない』って言ったら、それは本当にお金がないって言うことなんだもの。惨めなだけよ。美人の女の子が『私今日はひどい顔してるからそどに出たくないなあ』っていうのと同じね。ブスの子がそんなこと言ってごらんなさいよ、笑われるだけよ。そういうのが私にとっての世界だったのよ。去年までの六年間の」
「そのうちに忘れるよ」と僕は言った。
「早く忘れたいわ。私ね、大学に入って本当にホッとしたのよ。普通の人がいっぱいいて」
彼女はほんの少し唇を曲げて微笑み、短い髪を手のひらで撫でた。
「君はなにかアルバイトしてる?」
「うん、地図の解説を書いてるの。ほら、地図を買うと小冊子《しょうさっし》みたいなのがついてるでしょ?町の説明とか、人口とか、名所とかについていろいろ書いてあるやつ。ここにこういうハイキング?コースがあって、こういう伝説があって、
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