第21章 (第3/3页)
こういう花が咲いて、こういう鳥がいてとかね。あの原稿を書く仕事なのよ。あんなの本当に簡単なの。あっという間よ。日比谷《ひびや》図書館に行って一日がかりで本を調べたら一冊書けちゃうもの。ちょっとしたコツをのみこんだら仕事なんかくらでもくるし」
「コツって、どんなコツ?」
「つまりね、他の人が書かないようなことをちょっと盛りこんでおけばいいのよ。すると地図会社の担当の人は《あのこは文章がかける》って思ってくれるわけ。すごく感心してくれたりしてね。仕事をまわしてくれるのよ。別にたいしたことじゃなくていいのよ。ちょっとしたことでいいの。たとえばね、ダムを作るために村がひとつここで沈んだが、わたり鳥たちは今でもまだその村のことを覚えていて、季節がくると鳥たちがその子の湖をいつまで飛びまわっている光景が見られる、とかね。そういうエピソードをひとつ入れておくとね、みんなすごく喜ぶのよ。ほら情景的に情緒的でしょ。普通のアルバイトの子ってそういう工夫をしないのよ、あまり。だがら私けっこういいお金とってるのよ、その原稿書きで」
「でもよくそういうエピソードがみつかるもんだね、うまく」
「そうねえ」と言って緑はすこし首ををひねった。「見つけようと思えばなんとか見つかるものだし、見つからなきゃ害のない程度に作っちゃえばいいのよ」
「なるほど」と僕は感心して言った。
「ピース」と緑は言った。
彼女は僕の住んでいる寮の話を聞きたがったので、僕は例によって日の丸の話やら突撃隊のラジオ体操の話やらをした’。緑も突撃隊の話で大笑いした。突撃隊は世界中の人を楽しい気持ちにさせるようだった。緑は面白そうだから一度是非その寮を見てみたいと言った。見たって面白かないさ、と僕は言った。
「男の学生が何百人うす汚い部屋の中で酒飲んだりマスターベイションしたりしてるだけさ」
「ワタナベ君もするの、そういうの?」
「しない人間はいないよ」と僕は説明した。「女の子に生理があるのと同じように、男はマスターベイションやるんだ。みんなやる。誰でもやる。」
「恋人がいる人もやるかしら?つまりセックスの相手がいる人も?」
「そういう問題じゃないんだ。僕の隣の部屋の慶応《けいおう》大学の学生なんてマスターベイションしてからデートに行くよ。その方がおちつくからって」
「そういうことは婦人雑誌の付録には書いてないしね」
「まったく」と言って緑は笑った。