第22章 (第3/3页)
僕はとんでもなく大きい音を立ててシャッターを一メートルほど押しあげ、身をかがめて中に入り、またシャッターを下ろした。店の中はまっ暗かった。土間《どま》からあがったところは簡単な応接室のようになっていて、ソファ?セットが置いてあった。それほど広くはない部屋で、窓からは一昔前のポーランド映画みたいなうす暗い光がさしこんでいた。左手には倉庫のような物置のようなスペースがあり、便所のドアも見えた。右手の急な階段を用心ぶかく上がっていくと二階に出た。二階は一階に比べると格段に明るかったので僕は少なからずホッとした。
「ねえ、こっち」とどこかで緑の声がした。階段を上がったところ右手に食堂のような部屋があり、その奥に台所があった。家そのものは旧かったが、台所はつい最近改築されたらしく、流し台も蛇口も収納棚もぴかぴかに新しかった。そしてそこで緑が食事の仕度をしていた。鍋で何かを煮るぐつぐつという音がして、魚を焼く匂いがした。
「冷蔵庫にビールが入ってるから、そこに座って飲んでてくれる?」と緑がちらっとこちらを見て言った。僕は冷蔵庫から缶ビールをだしてテーブルに座って飲んだ。ビールは半年くらいそこに入ってたんじゃないかと思えるくらいよく冷えていた。テーブルの上には小さな白い灰皿と新聞と醤油さしがのっていた。メモ用紙とボールペンもあって、メモ用紙には電話番号と買物の計算らしい数字が書いてあった。
「あと十分くらいでできると思うんだけど、そこで待っててくれる?待てる?」
「もちろん待てるよ」と僕は言った。
僕は冷たいビールをすすりながら一心不乱に料理を作っている緑のうしろ姿を眺めていた。彼女は素速く器用に体を動かしながら、一度に四つくらいの料理のプロセスをこなしていた。こちらで煮ものの味見をしたかと思うと、何かをまな板の上で素速く刻み、冷蔵庫から何かを出して盛りつけ、使い終わった鍋をさっと洗った。うしろから見ているとその姿はインドの打楽器《だがっき》奏者を思わせた。あっちのベルを鳴らしたかと思うとこっちの板を叩き、そして水牛の骨を打ったり、という具合だ。ひとつひとつの動作が俊敏《しゅんびん》で無駄がなく、全体のバランスがすごく良かった。僕は感心してそれを眺めていた。
「何か手伝うことあったらやるよ」と僕は声をかけてみた。
「大丈夫よ。私一人でやるのに馴れてるから」と緑は言ってちらりとこちらを向いて笑った。緑は細いブルージーンズの上にネイビーブルーTシャツを着ていた。Tシャツの背中にはアップル?レコードのりんごのマークが大きく印刷されていた。