第44章 (第2/3页)
めたが、もちろんそんなものはどこにもなかった。直子が僕のベッドの足もとにぽつんと座って、窓の外をじっと見ているだけだった。彼女は膝をふたつに折って、飢えた孤児のようにその上に顎を乗せていた。僕は時間を調べようと思って枕もとの腕時計を探したが、それは置いたはずの場所にはなかった。月の光の具合からするとたぶん二時か三時だろうと僕は見当をつけた。激しい喉の渇きを感じたが、僕はそのままじっと直子の様子を見ていることにした。直子はさっきと同じブルーのガウンのようなものを着て、髪の片側を例の蝶のかたちをしたピンでとめていた。そのせいで彼女のきれいな額がくっきりと月光に照らされていた。妙だなと僕は思った。彼女は寝る前には髪留めを外していたのだ。
直子は同じ姿勢のままびくりとも動かなかった、彼女はまるで月光に引き寄せられる夜の小動物にように見えた。月光の角度のせいで、彼女の唇の影が誇張されていた。そのいかにも傷つきやすそうな影は、彼女の心臓の鼓動かあるいは心の動きにあわせて、ぴくぴくと細かく揺れていた。それはあたかも夜の闇に向って音のない言葉を囁きかけるかのように。
僕は喉の乾きを癒すために唾を飲み込んだが、夜の静寂の中でその音はひどく大きく響いた。すると直子は、まるでその音が何かの合図だとでも言うようにすっと立ち上がり、かすかな衣ずれの音をさせながら僕の枕もとの床に膝をつき、僕の目をじっとのぞきこんだ。僕も彼女の目を見たけれど、その目は何も語りかけていなかった。瞳は不自然なくらい澄んでいて、向う側の世界がすけて見えそうなほどだったが、それだけ見つめてもその奥に何かを見つけることはできなかった。僕の顔と彼女の顔はほんの三十センチくらいしか離れていなかったけれど、彼女は何光年も遠くにいるように感じられた。
僕は手をのばして彼女に触れようとすると、直子はずっとうしろに身を引いた。唇が少しだけ震えた。それから直子は両手を上にあげてゆっくりとガウンのボタンを外しはじめた。ボタンは全部で七つあった。僕は彼女の細い美しい指が順番にボタンを外していくのを、まるで夢のつづきを見ているような気持で眺めていた。その小さな七つの白いボタンが全部外れてしまうと、直子は虫が脱皮するときのように腰の方にガウンをするりと下ろして脱ぎ捨て、裸になった。ガウンの下に、直子は何もつけていなかった。彼女が身につけているのは蝶のかたちをしたヘアピンだけだった。直子はガウンを脱ぎ捨ててしまうと、床に膝をついたまま僕を見ていた。やわらかな月の光に照らされた直子の体はまだ生まれ落ちて間のない新しいの肉体のようにつややかで痛々しかった。彼女が少し体を動かすと――それはほんの僅かな動きなのに――月の光のあたる部分が
(本章未完,请点击下一页继续阅读)