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第46章

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    「ドイツ語やってますよ」と僕はため息をついて言った。

    「いい子ね、お昼前には戻ってくるからちゃんと勉強してるのよ」とレイコさんは言った。そして二人はクスクス笑いながら部屋を出で行った。何人かの人々が窓の下を通り過ぎていく足音や話し声が聞こえた。

    僕は洗面所に入ってもう一度顔を洗い。爪切りを借りて手の爪を切った。二人の女性が住んでいるにしてはひどくさっぱりとした洗面所だった。化粧クリームやリップ?クリームや日焼けどめやローションといったものがぱらぱらと並んでいるだけで、化粧品らしいものは殆んどなかった。爪を切ってしまうと僕は台所でコーヒーを入れ、テーブルの前に座ってそれを飲みながらドイツ語の教科書を広げた。台所の日だまりの中でTシャツ一枚になってドイツ語の文法表を片端から暗記していると、何だかふと不思議な気持になった。ドイツ語の不規則動詞とこの台所のテーブルはおよそ考えられる限りの遠い距離によって隔てられているような気がしたからだ。

    十一時半に農場から二人は帰ってきて順番にシャワーに入り、さっぱりした服に着がえた。そして三人で食堂に行って昼食をとり、そのあとで門まで歩いた。門衛小屋には今度はちゃんと門番がいて、食堂から運ばれてきたらしい昼食を机の前で美味しそうに食べていた。棚の上のトランジスタ?ラジオからは歌謡曲が流れていた。僕らが歩いていくと彼はやあと手をあげてあいさつし、僕らも「こんにちは」と言った。

    これから三人で外を散歩してくる、三時間くらいで戻ってくると思う、とレイコさんが言った。

    「ええ、どうぞ、どうぞ、ええ天気ですもんな。谷沿いの道はこないだの雨で崩れとるんで危ないですが、それ以外なら大丈夫、問題ないです」と門番は言った。レイコさんは外出者リストのような用紙に直子と自分の名前と外出日時を記入した。

    「気ィつけていってらしゃい」と門番は言った。

    「親切そうな人ですね」と僕は言った。

    「あの人ちょっとここおかしいのよ」とレイコさんは言って指の先で頭を押えた。

    いずれにせよ門番の言うとおり実に良い天気だった。空は抜けるように青く、細くかすれた雲がまるでペンキのためし塗りでもしたみたいに天頂にすうっと白くこびりついていた。我々はしばらく「阿美寮」の低い石塀に沿って歩き、それから塀を離れて、道幅の狭い急な坂道を一列になって上った。先頭がレイコさんで、まん中が直子で、最後は僕だった。レイコさんはこのへんの山のことなら隅から隅まで知っているといったしっかりした歩調でその細い坂道を上って行った

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