第72章 (第3/3页)
クでした。というのはキズキが死んだあとずっと、これからはビリヤードをやるたびに彼を思い出すことになるだろうなという風に考えていたからです。でも僕は一ゲーム終えて店内の自動販売機でペプシコーラを買って飲むまで、キズキのことを思い出しもしませんでした。どうしてそこでキズキのことを思い出したかというと、僕と彼がよく通ったビリヤード屋にもやはりペプシの販売機があって、僕らはよくその代金を賭けてゲームをしたからです。
キズキのことを思い出さなかったことで、僕は彼に対してなんだか悪いことをしたような気になりました。そのときはまるで自分が彼のことを見捨ててしまったように感じられたのです。でもその夜部屋に戻って、こんな風に考えました。あれからもう二年半だったんだ。そしてあいつはまだ十七歳のままなんだ、と。でもそれは僕の中で彼の記憶が薄れたということを意味しているのではありません。彼の死がもたらしたものはまだ鮮明に僕の中に残っているし、その中のあるものはその当時よりかえって鮮明になっているくらいです。僕が言いたいのはこういうことです。僕はもうすぐ二十歳だし、僕とキズキが十六か十七の年に共有したもののある部分は既に消滅しちゃったし、それはどのように嘆いたところで二度と戻っては来ないのだ、ということです。僕はそれ以上うまく説明できないけれど、君なら僕の感じたこと、言わんとすることをうまく理解してくれるのではないかと思います。そしてこういうことを理解してくれるのはたぶん君の他にはいないだろうという気がします。
僕はこれまで以上に君のことをよく考えています。今日は雨が降っています。雨の日曜日は僕を少し混乱させます。雨が降ると洗濯できないし、したがってアイロンがけもできないからです。散歩もできなし、屋上に寝転んでいることもできません。机の前に座って『カインド?オブ?ブルー』をオートリピートで何度も聴きながら雨の中庭の風景をぼんやりと眺めているくらいしかやることがないのです。前にも書いたように僕は日曜日にはねじを巻かないのです。そのせいで手紙がひどく長くなってしまいました。もうやめます。そして食堂に行って昼ごはんを食べます。さようなら」
九
翌日の月曜日の講義にも緑は現れなかった。いったいどうしちゃったんだろうと僕は思った。最後に電話で話してからもう十日経っていた。家に電話をかけてみようかとも思ったが、自分の方から連絡するからと彼女が言っていたことを思い出してやめた。
その週の木曜日に、僕は永沢さんと食堂で顔をあわせた。彼は食事をのせた盆を持って僕のとなりに座り、このあいだいろいろ済まなかったなと謝まった。