第73章 (第3/3页)
も全然無視しちゃってね、ぐうぐう寝ちゃったわよ。目がさめて、二人でおすしとって食べて、それで相談して決めたのよ。しばらく店を閉めてお互い好きなことしようって。これまで二人でずいぶん頑張ってやってきたんだもの、それくらいやったっていいじゃない。お姉さんは彼と二人でのんびりするし、私も彼と二泊旅行くらいしてやりまくろうと思ったの」緑はそう言ってから少し口をつぐんで、耳のあたりをぼりぼりと掻いた。「ごめんなさい。言葉わるくて」
「いいよ。それで奈良に行ったんだ」
「そう。奈良って昔から好きなの」
「それでやりまくったの?」
「一度もやらなかった」と彼女は言ってため息をついた。「ホテルに着いて鞄をよっこらしょと置いたとたんに生理が始まっちゃったの、どっと」
僕は思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないわよ、あなた。予定より一週間早いのよ。泣けちゃうわよ、まったく。たぶんいろいろと緊張したんで、それで狂っちゃったのね。彼の方はぶんぶん怒っちゃうし。わりに怒っちゃう人なのよ、すぐ。でも仕方ないじゃない、私だってなりたくてなったわけじゃないし。それにね、私けっこう重い方なのよ、あれ。はじめの二日くらいは何もする気なくなっちゃうの。だからそういうとき私と会わないで」
「そうしたいけれど、どうすればわかるかな?」と僕は訊いた。
「じゃあ私、生理が始まったらニ、三日赤い帽子かぶるわよ。それでかわるんじゃない?」と緑は笑って言った。「私が赤い帽子をかぶってたら、道で会っても声をかけずにさっさと逃げればいいのよ」
「いっそ世の中の女の人がみんなそうしてくれればいいのに」と僕は言った。「それで奈良で何してたの?」
「仕方ないから鹿と遊んだり、そのへん散歩して帰ってきたわ。散々よ、もう。彼とは喧嘩してそれっきり会ってないし。まあそれで東京に戻ってきてニ、三日ぶらぶらして、それから今度は一人で気楽に旅行しようと思って青森に行ったの。弘前に友だちがいて、そこでニ日ほど泊めてもらって、そのあと下北とか竜飛とかまわったの。いいところよ、すごく。私あのへんの地図の解説書書いたことあるのよ、一度。あなた行ったことある?」
ない、と僕は言った。
「それでね」と言ってから緑はトム?コリンズをすすり、ピスタチオの殻をむいた。「一人で旅行しているときずっとワタナベ君のことを思いだしていたの。そして今あなたがとなりにいるといいなあって思ってたの」
「どうして?